草舟 on Earth

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ギリギリ熊のもんだい

今回の下の記事の件は狸さんだったようです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160627-27212328-webtoo-l02

とはいえ、全国の熊県では、こうしたことは日常、
今回はたまたまこうして署名サイトにあげてくださった方がいて、このように周知されたけれど、こうしたことはもうこの十数年、毎年起こってること、
タヌキだったからよかったということではないというのが事の本質、という悩ましいことです。

それと、ニュースを読んでいたら、
「これを子グマだと思った同課は“親グマ”を誘い出すため、同社敷地内に捕獲用おりを設置し、2頭を入れていた。だが、動物愛護の観点から翌17日、一時的に保護することにし、発見男性宅に預けていた。同課は20日、引き取り先を探すため、日本動物園水族館協会に照会・・」

子グマをおとりに親熊を誘いだす、と。それで捕獲するのでしょう。
逆なのでは。
子グマをどうにかして山に返す、そのことに、今こそ智慧をしぼりたい。

自治体のなかにも、もちろん心ある人たちもたくさん居て、でも、どうにかしたくても、どうにもできない、と対応不可になってるのが今の日本、結果、野生の生き物たちは、そのはざまで生きていくことが困難。
とくに熊のような大型動物が安心して住む環境は、もうないほどに人の暮らしが彼らを追いやっています。
じゃあ、どのようにすれば人と野生の生き物のバランスがとれるのか、その答えはとても難しいことです。でもひとつだけはっきりしてること、それは、森の状況が酷過ぎること。
その再生がまずは先なんだと思います。
この国の最大の野生の王、熊たち、彼らをぜったいに失いたくない、でもではどうすれば、、途方にくれる。
だけど、たぶんもうギリギリのところ。。みんななんとかしたくても手がつけられないで来た、そのしわ寄せの今なのだけど、「そっか、それだー!」って策を思いつきたいです。
一気に飛び越えて、みんなが関わって解決する、希望の道を。
  1. 2016/06/28(火) 20:34:09|
  2. 自然から受けとる

ギリギリで生きている熊たちのこと

つかまえた子グマは動物園か、殺処分、短絡的。ポイしてオシマイ、一件落着。
もうそういうことは止めて、もっと大きな命の循環を考えていかなくては、すべてがもたないところに来ている、ギリギリ。人の心もほんとは刷りきれてるよ。
こんな日本の死んだ森でクマたちが懸命に生きててくれるだけでもうれしいのに。

みな、移動もできずに死んだ森に閉じこめられてる。
里に降りてきたいわけではない、ということをまずわかってあげたい。
移動しようとしてるだけかもしれないのに。

奥山の再生をいったい、どこからどのようにしていったらいいのだろう。

奥山の森を再生をしたいな。
生き物たちが人と触れることなく、その世界を楽しんで懸命に生きれる場所、
命の全うをできる場を。
そしてそれは海の再生にも繋がる。

人はそれをできる智慧を持っている。
使えなくなっているだけ。

クマたち、鳥たち、森の生き物たち、どうぞ生き延びて。
森の再生まで耐えてほしいです。

動物たちのことはほんとうに心痛くて、
世界中から回ってくる、こういう署名も毎日といっていいくらいしています。
私が出来ることは何だろう、と考え続けてます。

こんな署名がまわってきました。
青森県だけでどうにかなる問題ではないけれど、
それでも少しずつでも変わっていけるよう、まずは目の前の動きを応援することから。

もしよろしければご署名を

xusa



  1. 2016/06/27(月) 12:37:16|
  2. 自然から受けとる

蛍時空

このところ連夜、蛍に逢いに

車で走って10分圏内に、何ヶ所か蛍の名所があります。

海のすぐそばですが、山があり、川がある、
ほんとうにありがたいことです。
とはいっても、ようやく生き長らえている川ではあり、下流は洗剤や下水が一緒になって海へ流れています。

それでもちょっと奥に入ると蛍も居てくれます。

ほんとうにうれしい。

蛍としばらく一緒に居させてもらう時間

その静かな飛びを見ていると
私の魂もいっしょに浮遊するよう
時空の枠がはずれるよう

こんなにも軽ろやかに、平和に、音もなく移動するものが他にいるだろうか、、

そして光

しばらく蛍との空間を共有し、蛍時空に浸っていると、
頭はぼわんぼわんになり、
身体も心も緩み、
なんだか気功をしたあとのような心地になります。

わずか1時間くらいの出来事ですが、
深く満ち足りて
なにかが着地する

なんて豊かな時だろう

小さな虫である蛍が、
それを見る人類に与えてくれる、静けさと至福の心地

思い返すだけで、
きょうもそこにたゆたうような
雨の宵

梅雨生まれだからかしらん
だいすきな季節

雨音を
たのしみます
  1. 2016/06/24(金) 19:08:00|
  2. 自然から受けとる

初潜り


初日の出 at 三浦

新年ですね。
おめでとうございます。

昨年の草講座にはお越しいただき、
素晴らしい時間を共有させていただいて、ほんとうにありがとうございます。
草暦2016版もなんとか無事に終了いたしました。
こころより御礼を申し上げます。

さて月の暦では、今年のお正月は2月8日ですが、
新暦のお正月の空気感が、私は実はとても好きなのです。

冬至明けまもなくのこの時季は一年でもいちばん光が煌めくときで、
そのつやつや度は他の季節ではかないません。
旧暦の新年のときにはもう春の気配になるので、この透明度はなくなってしまいます。
1年のうちでもわずかな期間、
この特別な光の季節は実は短く、冬至のころから1月の中旬くらいまでです。
この時季には、どこにも出かけたくなく、
この海を臨む庭で光のシャワーを浴びていたく、山から下りない仙人暮らしが続きます。

とはいえ、
今年はしょっぱなから、三浦半島の先っぽまで初日の出を拝みに行き、
元旦から友人たちと海に潜りました。
初潜り。

冬の海のなんときれいなこと!
澄みきった海の中
たくさんのお魚の群れに囲まれ、
迷い込んでここで生を終える熱帯魚たちや、
カジメの林のなか・・

まだまだ素潜り初心者、ヘタクソな私が一息で行って帰ってこれる深さはしれていますが、
少しずつ深さを知っています。
海が迎え入れてくれ、待っていてくれます。

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すぐそばの海は実に多様な生きものが生息する別次元。
ふだん見えないところ、人類は住めない場所なので、ほとんどの人はそこに思いが行きません。

でも確実に世界の半分以上はこういう世界であって、
都会でくるくると人間世界の中に居る、ほとんどの現代の人のアタマの片隅にもない、
そんな世界が、今私の日常です。

なんと素晴らしい時間をいただいているのだろうか、と時々我ながら驚きます。

今年もまた草講座のなかでも素潜り講座をやっていきます。
世界のもう半分の探険をこれから。

みなさまもそれぞれのミラクルな、そして素朴な2016年でありますように。

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海の写真 by Yuki Muto
  1. 2016/01/07(木) 22:04:38|
  2. 自然から受けとる

草と海

草も
海も
すぐそばにあってくれて、
いつでもコンタクトできるのに
私にとってのそれぞれの旬は実はとても短く、
しかも同時季でもあるということに気がつきました。

この何年も、夏は海を優先していたのですが、
草にフォーカスすると実は旬が同じ。
これはなやましいことです。

海もお盆前のほうがクラゲも少なく、なにか清らか。
そして、朝早い方がだんぜん気持ちよい。

草もそれは同じで、お盆過ぎるともうトウ立ちして繊維も固くなります。
そしてやっぱり朝一番に取りたい。



草と海は私にとって
とても大事な要素です。

海に身を浸すことのかけがえのなさを知ってからは
夏はできるだけ海に潜っています。
泳ぐというよりは、
浮かんでいたり、海底を歩いてみたり、でんぐり返ってみたり。

身も心もすっかり新鮮になって、
からっぽに抜けて・・

海のそばに20数年住んでいたのに、
海と深く交わり始めたのは、この10年。
草の布を織ることを休止してからです。

作家時代は、夏はひたすらの草刈りと糸つくり。
ひと夏で一年分の糸の収穫をするので、くる日もくる日も草刈りでした。
炎天下、過酷な体力仕事、よくやってました。

でもそれは他に例えようのない、素晴らしい抜け感
自然との深いコンタクト
身体ぜんぶを使った労働によって、
草の奥に広がる、その向こうの世界をかいま見る・・

それは10年前に突然休止されました。
母の他界によって、チャンネルが変わったかのように
それに向き合えなくなってしまいました。

そして私は海に出逢いました。

潜ってみると、
そこには「草の向こう」と同じものがある、
そう感じました。

地上とは質の違う、
そして圧倒的にダイナミック、
でもおなじもの。

それからは夏は草より海・・



今朝、久しぶりに苧麻刈りに出かけました。

野の苧麻は常に刈られる存在、
ねらっていた近所の駐車場の隅に群生していた苧麻は
夏のはじめにあっという間に刈られてなくなってしまったのですが、
それから一ヶ月、
うまい具合に2番芽が伸び盛ってくれました。

背丈ほどある、重い草の茎を何十kg、背負って山道を歩いてもどりました。
真夏の汗だくの労働
でもこの草はこれから糸になってくれるのです。
深いところから、フツフツと湧くような歓びがあります。

私にとっては海も同じようなよろこびの源泉です。

朝 
草を刈り
夕 
海に入る

明日
草をおしえてくれ、
海に向かわせてくれた
母の10回目の命日

今年も暑い夏です。

  1. 2015/08/05(水) 14:08:01|
  2. 自然から受けとる
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