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草舟 on Earth

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名前のない新聞 連載記事 忘備録3

草文明の日々3


名前のない新聞 連載記事3
2019.3.4

【 草文明の日々 その三 】 ー草と海と馬の物語ー    矢谷左知子



南の島に小さなお馬たちがいます。沖縄県宮古島の在来馬、宮古馬。絶滅を危惧されている頭数で、県の天然記念物でありながら、行政が見捨ててきた結果、大変ひどい状況になっています。私はどういうわけか、2017年から「ミャークヌーマ宮古馬の会」という名前で、会とはいえひとりで、その宮古馬の救済活動を水面下でしてきました。詳しくはFacebookのページをご覧ください(*下記参照)それまでお馬さんとはご縁なく、初めて出逢った馬が宮古馬たち。彼らの群れに受け入れてもらうようになってからというもの、問題そのものはさておいても、馬たちのあまりの素晴らしさに今では魂の底から馬たちと同化し、離れていても私も群れの一員として、いつも彼らを想い、いまでは家族のような存在になっています。そのお馬のお話は折々に書いていきたく思いますが、そのように馬に心を向けてみる時、馬の付く慣用句の、いかに馬を馬鹿(これもです)にしたものが多いかということに気がつきます。
馬と接する時、その崇高さにはいつも胸が一杯になるのですが、慣用句はそれと真逆、どれもひどいものばかり。
「馬耳東風」もそのひとつ。東風は春風の意で、春になって心地よい風が吹いていても、馬は耳をなでる春風に何も感じないだろう、ということから、他人の意見も心に留めない、という意味に使われます。とんでもないこと、馬たちも、他の生き物たちも、人間以上にデリケートな感覚を持っていて、風が運ぶ情報なんて、人には及ぶべくもなく察知し、読み解いているでしょう。
そこで、これからは、人の馬たちへの負の表現を転じるべく、新しい馬の慣用句を作っていこうと思っています。
その第一作目としては、2月の草暦にも書いたように、馬耳東風を言い換えた言葉をつくってみました。
「春風 仔馬の耳に あそぶ」
先日生まれた仔馬の愛くるしい様子はミャークヌーマ宮古馬の会のページでご覧くださいね。


《 草講座 ー労働は美に変わるー 》

さて、今日も草のお話です。
「草」と共に生きてきました。草の声を聴き、草から学び、全身全霊で草と共に労働してきました。
身の回りの野生、遠くに出かけなくても、すぐ足下で出逢うものたち、草草。それが自分の師であり、仕事仲間である、そんな暮らしを気がついたらもう四半世紀以上。
その前半の十数年は、草から繊維を取り出し、糸にして、布を織る、野生の草の布を織り続けていました。たぶん500枚以上、もっとかな。
やり方は誰にも聞かず。草に聞いて独り学びました。草が全面応援してくれました。
「草の布」つくりはまず生えているところを探すことから。それを採取し、種類によって繊維にするまでの工程も違い、その季節いっぱい、一年分の素材を作りためておく、採集文化の、膨大な労働の毎日。それはおおげさでなく、心身の歓び極まるものでした。

糸にしてからは、身の回りの植物で染め、そして、織る。
糸にする草、染めに使う植物、素材とするものは、人に疎まれ刈られる草、落ちている木の実、そんな忘れられたものたちが主役です。
それらがこの体を通って、次の形に姿を変えてゆく、その変換装置として自分がいる、労働が美に変わる。ただその作業が至福なのです。
布を織るのが目的ではなく、草と人がコラボする、その過程こそに主がある。布は結果的にでき上がる副産物、目的は野生の存在とのやりとり。
そのため、1)栽培はしない 2)人類にやり方は聞かない 3)草から学ぶ 4)遠くの素材ではなく足下の在るものでやる、というのが、草から布を織るにあたって、自分に課したことでした。以来二十数年、草むらでゴソゴソ人生、草薮にはいるときの自分なりの流儀ができました。
体の使い方、自然のなかでの重心バランスの取り方など、草から学んだことが、今の私の心と体を造り、歓びで充たしてくれています。
そうした体の使い方のこと、草界にはいるときの流儀、織るという作務のことなどは、また次回に書きたいと想います。
そんなことをお伝えするために、毎月「草講座」というタイトルで、草のあれこれの講座をひっそりと、この10年ほどしています。これは、草から籠や箒などの道具をつくったり、染めたり、野生の草が人を通って次のかたちとなる、それを体感する時間です。何かをつくるのが目的ではなく、その過程で見えてくる授かりものを体得する、草時間の至福をお伝えする、そんなひとときになればと続けています。そのような日々が、今度は私に馬を授けてくれました。そのお話はまた続きます。


草舟 on Earth(草講座・馬講座のことはこちら)
http://kusabune.blog.fc2.com

ミャークヌーマ宮古馬の会(その後)
https://www.facebook.com/myahknuma/
  1. 2020/02/05(水) 12:18:08|
  2. 「名前のない新聞」連載

名前のない新聞 連載記事 忘備録2

草文明の日々2


名前のない新聞 連載記事2
2019.1.2


冬至から1月いっぱいほど、この期間は一年でも一番お日さまが美しいシーズン。
わずか一ヶ月だけの特別な光、ツヤツヤと肌理の細かい光のミストシャワーに全身を浸すことのできる至福の時季です。

寒いのは苦手、でも、その空気の冷たさゆえの透明感が織りなす自然現象に、ときに恍惚となる、そうした瞬間がそこここに。
期間限定のとびきりの光に包まれながら、やはり太陽は冬至に生まれ変わるんだなあ、と、つくづく思うのです。
そんななか、今、うちの庭では、奇跡のような光景が繰り広げられています。
庭のシンボルツリーでもある一本の大きな木は、この時季なのに新緑であふれ、初夏のよう、また、例年ならとっくに寒さでうち枯れている夏草も、新しい元気な若葉を次々と吹き出し、一年のすべての季節が今、この庭に出現しているようで、まるで、お伽草子に出てくる不思議な時空の世界に迷い込んだかのようです。
現実とファンタジーとの境界が淡くなってきたように感じられる私の日々ですが、実際、現実のほうが虚構で、ファンタジーのほうがリアルに捉えられることもある、そんな瞬間が増えてきたようにも思えます。
壮大な絵巻の一部のような、この庭に佇み、世界の概念というものもこれから大きく組み変わって行くのかもしれないなあ、と、ほんやり思ってみたりします。
さて、今回は毎年つくっている「草暦」のお話です。

《 草暦のおはなし 》

「草暦」という気の抜けた暦を創ってきました。
今年で14年目、年ごとに色も、デザインも違う草暦。すべて手書きの原稿。数字も罫も手書きです。
一見、超アナログの暦ですが、実はタブレットと電子ペンを駆使して描いています。
草暦は、日常で普通に使えるように、グレゴリオ歴に合わせて、始まりは太陽太陰暦の1月1日ですが、終わりは月の暦に合わせて太陰暦の大晦日、元旦で終わるので、13月が一セットの暦になっています。
毎月の満月、新月のピークの時刻、二十四節気、七十二候が印され、予定など書き込めるよう実用的な暦です。と、思っているのは本人ばかりなり(?)世の中のものさしから言えば、少々変わっているのかもしれません。

始まりのころは、私がまだ草から糸をつくり、草の布を織る作家活動をしていた時でした。
デザイン、言葉、絵、を私が、友人が印刷手配、前書き文を担当、この14年間続いています。その友人とはもともと1988年の八ケ岳のいのちのまつりでも一緒だった、長いおつき合いの間柄です。

草暦、当初から10年間ほどは周りに居てくれる草たちの季節のうつろいが中心の暦でした。
この数年、それが自分のなかで、なにか違うものとなってきました。
きっかけは2016年の草暦からです。
私は今、海の目の前の山の中腹に住んでいるのですが、その年は、この山での一年を描こうと、13月のページの風景をひとつらなりに繋げ、この山の12ヶ月を描くことにしました。木々、草々、この山に棲む生き物たち、虫や鳥、海に沈む夕日、、など自分を取り巻く周囲の風景を描いているうちに、いつしか、自分がその景色のなかに入り込み、あれ、私は今、どっちで生きているのかしら、暦のなかに入ってしまったのか、、と、ボーダーが淡くなるような体験がありました。
その時に、あらためて、暦というのは、宇宙の運行、自然の摂理の顕現でもあり、わたしたちは、そのなかを泳ぐように浮かぶように存在し、人類はそれを自分の尺度で理解できるよう、切り取り顕したものなのだなあ、、と深く感じいった体験をしました。
翌年の2017年、草暦の舞台は海の中になりました。この年12年目の草暦、初めて草は一本も出てこず。。今素潜りに夢中になっている私が潜った、葉山の海の中が描かれています。草暦ならぬ、海暦。
そしてその年に、突然、私に馬が降ってきて宮古島の馬の活動が始まったので、次の年は、馬暦になるのでは?と言われておりましたが、馬は尊すぎて、まだ描けず、2018年は、「野生を生きるものたちと、人の暮らしの営みの、まことの共生」というテーマの暦となりました。
2016年以来、なにか自分のなかで、暦というものの解釈が組変わり、まるでこの惑星の、生命潮流の一環のなかの、ひとしずく、それを自分なりに描き現す、というようなものになりつつあります。
そして、2019年版、最新作の草暦の表紙には、大人になる手前の仔馬が木の下に立ち、こちらを見ています。
去年からの自分の主題ともなった、馬と人のこれから。馬というのは陸の全生命の守護、というメタファーのもと、草から、海から、手渡された、命の循環のバトンを携えて、いよいよ馬と共に走り抜けるのだなあ、と2019年に向けて胸を高鳴らせている、そんな草文明の日々です。
  1. 2020/02/05(水) 12:02:46|
  2. 「名前のない新聞」連載

「なまえのない新聞」連載記事 忘備録

2018年より連載させていただいている、旧知のあぱっちさんが30年以上発刊し続けている老舗のミニコミ新聞とでもいうのか、とにかくロングラン紙媒体の「なまえのない新聞」。

隔月で、現在9回目の原稿を書いていますが、その一回目からを少しずつここにアップして忘備録がわりにしたいと想います。
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草文明の日々序

名前のない新聞 連載記事1
2018.10

【 草文明の日々 序 】 ー草と海と馬の物語ー    矢谷左知子

                                

今号から連載させていただくことになりました。あぱっちとは88のいのちの祭り以来、お互い東京に居たころから30年来のお付き合い、とはいえ、その間これまで会ったのは数えるほどですし、最後に会ったのは20年近く前かもしれません。
彼が八丈島に住んでいる頃、不在中の犬猫シッターで何度か訪島しました。不在中ですので、もちろんのことすれ違い。あのころのいとしい犬猫たちも天国に行ってしまって幾年、、の今年になって、久々の連絡を受け原稿を書かせていただくこととなりました。

私はというと、長い月日を野生の草と生きてきましたが、なかなかご説明し難く、少しずつ書かせていただく中で、なんとなくわかっていただけたらと思っています。
表題の「草文明」とは、私の造語で、長年にわたって草から教えてもらった、人の在り方をイメージしたものです。
草とのやりとりで土台を造ってもらったその上に、この10年は期せずして海と出会い、海と同化し、一年前からは馬が降って来て、馬と出会うこととなり、それらすべてにある根源的な同質性と、丸ごと全霊で関わりながら今を生きています。
草と海と馬は、自分の命とは切り離せないものというのもよくよく解ってきた、そんな日々、草や虫や、周りの生き物たちから教えてもらってきたことを、トボトボと書かせていただこうかと思っています。
今回は、去年の夏の海亀との邂逅から知らされた、この世界の物語です。

《海亀からの伝言》ー鯨から馬へー

激しい季節の夏も終わりました。
夏はなるべく海の下に居ます。身一つの素潜りです。泳ぐよりは潜る。完全に海の中で過ごします。その時に海中で受け取る全き調和のことについては、また別の機会として。
今回は海亀との夏の一夜のお話です。

海の目の前の山の中に住んでいます。家の前の急傾斜の山道を駆け下りるとすぐに海。
今年もよく潜りました。
海亀が来てくれたのは去年の夏のことです。
その夜はビーチの人影のない暗い場所で茣蓙を敷き、友人たちとゆったりと過ごしていたところ、のっそりと波に乗って現れた黒影、、一瞬ぎょぎょ、としましたが、すぐに海亀だ、とわかりました。亀はすぐそばをゆっくりと横切り、あるところで止まると前脚で砂をかき分け穴を掘り始めました。産卵です。息を潜めそっと様子を伺い、少しずつ近寄り目の前でゆっくりと卵が産み落とされるのを見せてもらいました。しだいに夜は更け、皆帰り、浜には海亀と私の二人だけ。
いつまで続くのかわからない、この産卵立会いに、亀の横で寝そべりながら、時々亀に話しかけながら、時折亀から砂をかけられながら、星を見上げて過ごしました。
穏やかで満たされた時間、ふだん有り得ない状況にも関わらず、淡々と、なにか当たり前の日々のよう。うちの猫と一緒にいるのと変わらない感じでもあり、ただ愛おしく大切でした。その夜は産卵に最後まで立会い、亀が海に還っていくまでの砂浜も、横に並んで一歩一歩、一緒に歩き、頭をなで、真っ暗な海に亀と共に入って見送りました。

私は今、沖縄宮古島の在来馬、宮古馬のことで活動しています。海亀には、「お馬から聞いて来たの?」と尋ねました。答えはわかりません。でも、亀が来てくれ、ひととき共に過ごすのを許してくれたこの体験の意味は後日わかったように思いました。
私の妄想ですが。
この10年ほどは海に魅せられ、 海水の中では鯨に挨拶をしていました。去年から馬の問題がなぜか私のところに来て、今お馬のことばかりやっていますが、そんな中、面白いことを聞きました。鯨たちが海でしている大事な仕事、海の守護、それと同じ仕事を陸で担当しているのは馬、馬たちが陸の守護をしている、と。
そこに亀。海と陸を行き来するもの。
海の情報を鯨から馬へ、陸の情報を馬から鯨へ、それを亀が仲立ちし、伝言を人経由で繋ぎ、陸と海の情報を交換する。そういうことだったのではないか、と。
神話のような、鯨ー亀ー馬、というルートがあるのかもしれない、生命潮流の大きな歯車を垣間見たような、それを体現させてもらったこの夏、では、その大きなサイクルの中でのヒトとしての役割、大事な仕事とは、、いよいよそこを意識させられていきます。
草・海・馬の物語、たゆたいながら次回へ続きます。


草舟 on Earth http://kusabune.blog.fc2.com  
毎月、草の手仕事講座、たまに草海講座、草馬講座をしています

ミャークヌーマ宮古馬の会 https://www.facebook.com/miyakouma/ 
沖縄宮古島の在来馬宮古馬の現況をお知らせしています

* きょうのオマケ ー蟻食洗機ー *
うっかり残り物を出しっぱなしにしておくと食器に蟻が群がっていることがありますね。私はそういうときは、邪魔にならないところにそっと置いておきます。汚れが詰まったザルなどはあえて一晩外に置いておくことも。そうすると、あら、キレイ、翌朝にはピカピカに。小さな虫たち、みんなに手伝ってもらって簡単に洗いもの。



  1. 2020/02/05(水) 11:53:47|
  2. 「名前のない新聞」連載